2025年11月– date –
-
ときおぼえ世界史
宗教改革とは? ― 教会への不信から主権国家、そして啓蒙思想へ至るヨーロッパ史の転換点
宗教改革とは、16世紀ヨーロッパに起きた「信仰の再生運動」であると同時に、中世的な普遍秩序が崩れ、近代ヨーロッパが誕生する転換点でもありました。 多くの人が「免罪符を批判したルターの信仰運動」として学びますが、その背後には、何世紀にもわたっ... -
中世フランス史
フランス王権とローマ教皇の対立 ― 王権国家と普遍教会の崩壊
ヨーロッパ中世の終盤、フランス王権とローマ教皇の対立は、単なる政治事件ではなく、千年にわたりヨーロッパを支配してきた「神の秩序」の崩壊を告げる転換点でした。 中世において、教皇は「神の代理人」として全ヨーロッパに精神的統一をもたらし、王は... -
中世ドイツ史
フリードリヒ2世 ― 最後の中世皇帝であり最初の近代人と呼ばれる理由とは?
フリードリヒ2世(在位1220〜1250年)は、神聖ローマ帝国の歴史においてひときわ異彩を放つ存在です。 彼はしばしば「最後の中世皇帝」でありながら、同時に「最初の近代人」と呼ばれます。 その理由は、単に軍事力や支配領域の広大さにあるのではなく、伝... -
封建社会
【各国別③】神聖ローマ帝国の封建社会 ― 皇帝と諸侯の分権構造
神聖ローマ帝国の封建社会とは、皇帝を頂点としながらも、実際には諸侯・司教・都市などが自立した極めて分権的な政治体制を指します。カール大帝の死後、帝国は分裂と再統合を繰り返し、10世紀にオットー1世が神聖ローマ帝国を再建しましたが、その支配は... -
中世ドイツ史
大空位時代とは ― 普遍帝国から領邦国家へ転換した時代の背景と影響
大空位時代(1254〜1273年)とは、神聖ローマ帝国において皇帝が約20年間も空位となった時期を指します。これは中世ヨーロッパ政治史において極めて異例の出来事であり、皇帝という“神の代理人”が不在であったことで、帝国の統治構造が根底から揺らぎまし...
1