チャガタイ=ハン国は、13世紀に成立したモンゴル系国家で、中央アジアを中心に支配しました。
モンゴル帝国の創始者チンギス=ハンの次男チャガタイの領地を基盤として成立したことから、この名で呼ばれます。
この国は、後のティムール朝やウズベク系諸国家につながる政治的・社会的基盤を形成した点で、中央アジア史の重要な中継点に位置づけられます。

1.成立と支配領域
チャガタイ=ハン国は、モンゴル帝国の分封体制のもとで成立しました。
チャガタイ=ハン国の支配地域は、トランスオクシアナ地方(サマルカンドやブハラ周辺)から、現在の新疆ウイグル自治区一帯にまで及びました。
これらの地域はいずれもシルクロードの要衝にあたり、東西交易を結ぶ内陸交通の中核をなす広大な地域でした。
【正誤問題】
チャガタイ=ハン国の支配地域には、サマルカンドやブハラを含むトランスオクシアナ地方が含まれていた。
解答:〇
☞ 中央アジア史で非常に重要なポイント。
2.イスラーム化と統治の特徴
当初の支配層はモンゴル的な遊牧支配を維持していましたが、次第にイスラーム化が進みます。
特に14世紀以降、支配者層がイスラームを受容したことで、
- ペルシア語文化の浸透
- 定住農耕社会との融合
- イスラーム的統治正統性の重視
といった変化が見られるようになりました。
この過程で、モンゴル的伝統とイスラーム的秩序が併存する、中央アジア特有の政治文化が形成されます。
【正誤問題】
問① チャガタイ=ハン国は、モンゴル帝国四大ハン国の中で、最も早く中国的官僚制を全面的に導入した国家である。
解答:✕
☞ 中国的官僚制が強いのは元朝。チャガタイ=ハン国は中央アジア型。
問② チャガタイ=ハン国は、モンゴル帝国の分裂後も一貫して遊牧的支配を維持し、イスラーム化はほとんど進まなかった。
解答:✕
☞ 当初は遊牧的支配が強いが、次第にイスラーム化が進行。
3.分裂とティムールの台頭
14世紀後半になると、チャガタイ=ハン国は次第に統一を失い、東西に分裂します。
この混乱の中から台頭したのが、ティムールです。
ティムールはチャガタイ=ハン家の出身ではありませんでしたが、「チャガタイ家の名義を利用する」形で権力を掌握し、後にティムール朝を築きました。
つまりチャガタイ=ハン国は、「モンゴル帝国 → チャガタイ=ハン国 → ティムール朝」という連続の中間に位置する国家だったと言えます。
【正誤問題】
チャガタイ=ハン国は、ティムール朝成立後も統一国家として存続し続けた。
解答:✕
☞ ティムール朝成立によって実質的に解体・吸収。
4.世界史的な位置づけ
チャガタイ=ハン国は、単独で大帝国を築いたわけではありません。
しかし、
- モンゴル帝国支配の中央アジア的展開
- イスラーム化したモンゴル国家の典型
- ティムール朝・ウズベク系国家への橋渡し
という点で、中央アジア史を理解するうえで欠かせない存在です。
【正誤問題】
チャガタイ=ハン国は、後のウズベク系国家やシャイバニ朝の形成にも間接的な影響を与えた。
解答:〇
☞ 中央アジアの王朝連続性の理解が重要。
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