西アジア史– category –
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西アジア史
ブワイフ朝をわかりやすく解説|シーア派政権が築いた大アミール体制とその限界
ブワイフ朝は、イラン系のブワイフ家によって建てられたシーア派王朝です。 宗派的にはシーア派の十二イマーム派を奉じ、10世紀半ばに台頭しました。 946年、ブワイフ朝はバグダードに入城し、支配者は「大アミール」としてアッバース朝カリフを傀儡化しま... -
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【世界史用語】カリフとは?意味・役割・変遷を入試向けにわかりやすく解説
イスラーム世界におけるカリフとは、ムハンマドの死後に成立したイスラーム共同体(ウンマ)を率いる、政治的・社会的指導者を指す重要な称号です。 アラビア語では「ハリーファ(代理人・後継者)」と呼ばれ、ムハンマドが「最後の預言者」とされるイスラ... -
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セルジューク朝とは?成立・最盛期・分裂をわかりやすく解説
11世紀に登場したセルジューク朝は、中央アジアから西進してきたトルコ系勢力がイスラーム世界の中枢を掌握し、新たな政治秩序を打ち立てた王朝です。 アッバース朝カリフの宗教的権威を温存したまま、実権をスルタンが握る体制を確立し、以後のイスラーム... -
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なぜ中央アジアは衰退したのか――イスラーム史における火器・交易・支配モデルの転換
――イスラーム史における火器・交易・支配モデルの転換 10〜14世紀にかけて、中央アジアはイスラーム世界において、次々と強力な王朝を生み出す「帝国形成の中枢」として機能してきました。 サーマン朝、トルコ系軍事国家、モンゴル帝国、そしてティムール... -
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なぜ中央アジアを理解すると、イスラーム史の10〜15世紀が一気に“読める”のか?
10〜15世紀のイスラーム史は、王朝名が次々と入れ替わり、分裂と征服が繰り返されるため、全体像をつかみにくい時代として知られています。 しかし、この時代を「中央アジア」という視点から捉え直すと、ばらばらに見えていた出来事や王朝の動きが、一本の... -
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ホラズム=シャー朝(1077~1231)の歴史|成立・領土拡大・滅亡までを解説
ホラズム=シャー朝は、12〜13世紀初頭に中央アジアからイラン高原、さらにアフガニスタンにかけて広大な領域を支配したイスラーム王朝です。 もともとはセルジューク朝に仕えるマムルーク(軍人)出身の支配者がホラズム地方で地位を固め、セルジューク朝... -
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アグラブ朝をわかりやすく解説|シチリア島を支配したイスラーム王朝
アグラブ朝とは、現在のチュニジアを中心とする北アフリカ東部、すなわちマグリブ地方の一角イフリーキヤに成立した9世紀のイスラーム王朝です。 首都は内陸都市カイラワーンに置かれ、スンニ派王朝としてアッバース朝カリフに宗教的正統性を求めつつ、名... -
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【受験生必見!】イスラーム王朝の言語整理|ペルシャ語中心かアラビア語中心かを見分ける方法
イスラーム王朝を学ぶとき、多くの受験生が混乱するのが「この王朝、言語はアラビア語?それともペルシャ語?」という点です。 イスラーム教の聖典クルアーンはアラビア語で書かれているため、「イスラーム王朝=アラビア語」と思いがちですが、実際の歴史... -
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ガズナ朝(977~1187)とは|成立・特徴・歴史的役割をわかりやすく解説
ガズナ朝は、アフガニスタンに成立した初の本格的なイスラーム王朝であり、10〜11世紀にかけてこの地域を拠点に勢力を広げました。 トルコ系軍人政権として出発したこの王朝は、単なる地方王朝にとどまらず、インド方面への大規模な遠征を繰り返すことで、... -
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カラハン朝とは何か|中央アジアがイスラーム化する決定的な転換点
― トルコ系王朝による中央アジア初の本格的イスラーム国家 カラハン朝は、10世紀に中央アジアで成立したトルコ系王朝であり、同地域で最初に本格的にイスラームを受容した国家として知られます。 それまで中央アジアでは、イラン系王朝であるサーマン朝が...