イスラーム帝国の急速な拡大を支えたのは、アラブ軍団の軍事力だけではありません。その背後には、征服地を安定的に支配するための都市制度が存在していました。その代表がミスルと呼ばれる軍営都市です。
ミスルは、軍事・行政・徴税を一体化した拠点として機能し、初期イスラーム国家の統治構造を支える重要な役割を果たしました。
ミスルの成立と役割
ミスルとは、征服地に建設されたアラブ軍団のための軍営都市を指します。
正統カリフ時代からウマイヤ朝にかけて各地に設置され、代表例としてイラクのクーファとバスラ、エジプトのフスタート、北アフリカのカイラワーンなどが知られています。
ミスルの最大の特徴は、アラブ兵士を現地住民から空間的に分離した点にあります。アラブ軍団はミスルに集住し、周辺農村から徴収される税を原資として生活しました。
これにより、征服者であるアラブ人と被征服民との混住を避け、軍事秩序と支配構造を維持することが可能になります。
またミスルは行政と徴税の中心でもあり、ディーワーン制度による兵士管理やアター(俸給)の支給と結びついて、征服共同体国家の基盤を形成しました。
ミスルの建設は、イスラーム国家が単なる略奪的征服国家から、恒常的統治を行う国家へと転換していく過程を象徴しています。
(参考)初期イスラームの主要ミスル(軍営都市)まとめ
| 都市名 | 地域 | 入試で狙われるポイント |
|---|---|---|
| クーファ | イラク | ミスルの代表例/後にアリーの拠点・シーア派形成の中心 |
| バスラ | イラク | ミスルの代表例(クーファとセットで出やすい) |
| フスタート | エジプト | エジプト征服後に建設されたミスル(カイロの前身) |
| カイラワーン | 北アフリカ | 北アフリカ支配の拠点/イベリア半島進出の足がかり(建設者:ウクバ=イブン=ナーフィ) |
ミスルの歴史的意義
ミスルの整備によって、イスラーム国家は広大な征服地を効率的に管理できるようになりました。
アラブ軍団は都市に集中して配置され、農村社会は既存の生産構造を保ったまま税によって国家に組み込まれます。この分離型支配は、初期イスラーム帝国の急成長を可能にした重要な制度的工夫でした。
一方で、ミスルを中心とするアラブ人優位の構造は、非アラブ系ムスリム(マワーリー)の疎外とも結びつき、後の社会的緊張の背景ともなります。
ミスルは帝国統治を支えた装置であると同時に、差別構造を固定化する舞台でもあったのです。
コメント