【世界史用語】ジンミー(ズィンミー)を分かりやすく解説

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イスラーム帝国は、急速な征服によってキリスト教徒やユダヤ教徒など多様な宗教集団を抱え込むことになりました。

こうした非ムスリムを排除するのではなく、制度の中に組み込んだ仕組みがジンミー(保護民)です。ジンミー制度は、信仰の自由を認めつつ国家への服属を求めるという、初期イスラーム国家の現実的な統治モデルを象徴しています。

目次

ジンミーの成立と基本的性格

ジンミーとは、イスラーム国家の支配下に入った非ムスリムのうち、主にキリスト教徒とユダヤ教徒を指します。彼らは改宗を強制されることなく、従来の信仰を維持することが認められました。

その代わりにジンミーは国家に服属し、ジズヤ(人頭税)を納める義務を負います。ジズヤは単なる「差別税」ではなく、軍役を免除される代わりに、信仰の自由と生命・財産の保護を保障されることへの対価という性格を持っていました。

イスラーム国家では、ムスリムが軍役の義務を負い、非ムスリムは軍役を免除され、その代わりにジズヤを支払うという役割分担が成立していたのです。

この仕組みによって、イスラーム国家は異教徒社会を破壊することなく、税と保護の関係を通じて帝国の内部に取り込むことが可能となりました。

ジンミー制度の歴史的意義と限界

ジンミー制度の最大の意義は、多宗教社会を安定的に統治する枠組みを提供した点にあります。

征服地の住民は改宗を迫られず、既存の宗教共同体や経済活動を維持できたため、イスラーム帝国は短期間で広大な領域を支配下に収めることができました。

しかしウマイヤ朝の時代になると、この制度は次第に歪められていきます。本来ジズヤは非ムスリムだけに課されるものでしたが、イスラームへ改宗した非アラブ系ムスリム(マワーリー)に対しても課税が続けられ、信仰上の平等原則が揺らぎました。こうした矛盾は、マワーリーの不満を高め、やがて反ウマイヤ運動やアッバース革命へとつながっていきます。

ジンミー制度は、初期イスラーム国家の柔軟な統治を支えた一方で、民族的支配構造と結びついたとき、深刻な社会的緊張を生み出す側面も持っていたのです。

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