アターは、初期イスラーム国家において、征服に参加したアラブ人兵士とその家族に支給された定期的な俸給です。
土地の分配ではなく、国家財政から現金や穀物などの形で支給された点に特徴があります。
正統カリフ時代に制度化され、ディーワーン(軍籍名簿)に登録された者に対して支払われました。これは、兵士を国家に直属させ、継続的な軍事力を維持するための仕組みであり、初期イスラーム国家の軍事体制の中核をなしていました。
つまりアターとは、単なる給与ではなく、「征服共同体」を国家組織へと転換させる制度だったのです。
目次
ウマイヤ朝におけるアターと支配構造
ウマイヤ朝のもとでもアター制度は維持され、アラブ軍団は国家から俸給を受け取り続けました。このアターの原資となったのが、征服地から徴収されるハラージュ(土地税)とジズヤ(人頭税)です。
ここで重要なのは、
- 非アラブ住民やマワーリーが税を負担し
- その税収がアラブ軍団へのアターとして分配される
という構造が固定化された点です。
さらに、アラブ人地主はハラージュを免除される一方、アターは受給できるという特権的立場に置かれました。これにより、非アラブ系ムスリム(マワーリー)は、ムスリムでありながらジズヤやハラージュを負担し、しかもアターは受け取れないという不利な状況に置かれます。
アター制度そのものは軍事国家を支える合理的な仕組みでしたが、ウマイヤ朝ではアラブ人中心の支配体制と結びつくことで、社会的な不公平を拡大させる要因ともなりました。
アッバース朝以降の変化
アッバース朝成立後、軍制と財政制度の再編が進み、アラブ軍団中心のアター体制は次第に解体されていきます。代わって、トルコ系などの新たな軍人層が登場し、俸給制度も変質していきました。
アターの衰退は、征服共同体としての初期イスラーム国家から、多民族的官僚国家への移行を象徴しています。
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