18世紀イギリスの哲学者デイヴィッド=ヒュームは、「経験論」を徹底させた結果、因果関係そのものに懐疑を向けました。
私たちは「火に触れれば熱い」「リンゴは必ず落ちる」と信じていますが、ヒュームにとってこれは自然界の必然法則ではなく、過去の経験が積み重なって心に生じた“習慣”にすぎないのです。
この急進的な立場は、科学革命の成功を誇る時代において衝撃的でした。
科学者にとっては「言葉遊び」に思えるかもしれませんが、哲学的には「科学や常識の基盤を支える因果律は論理的に保証できるのか?」という大問題を突きつけたのです。
本記事では、ヒュームの懐疑論を「因果律」「習慣説」「科学との関係」という視点から解説し、さらにそれがカント哲学を生み出すきっかけとなった流れを整理します。
大学受験対策としても必須の知識なので、しっかり理解しておきましょう。
第1章 ヒュームの経験論的立場
1. 経験論の基本
ヒュームはロックやバークリーに続くイギリス経験論の哲学者です。
彼らの共通点は「人間の知識は生得観念からではなく、経験から生じる」という立場にあります。
ヒュームはこの経験論を徹底させ、知識の源泉を感覚印象とその連合に限定しました。つまり、人間の心にある観念は、すべて感覚経験に由来すると考えたのです。

2. 因果関係の問題
ここで問題となるのが「因果関係」です。
私たちは「Aという原因があれば、Bという結果が必ず生じる」と考えます。例えば「火に手を入れると熱い」「リンゴは必ず落ちる」といった常識的な因果律です。
しかしヒュームは、この因果関係を直接“見る”ことはできないと主張しました。
私たちが見ているのは「火に触れた→熱い」「リンゴを離した→落ちる」という繰り返しの経験にすぎないのです。
3. 習慣としての因果
ヒュームの結論はこうです。
- 因果関係は自然界の必然的法則ではない。
- 人間が「過去にAのあとにBを何度も経験した」ために、心に「AがあればBが起きるはずだ」という期待(習慣)が形成されただけである。
この考え方は「因果律=心の習慣」という形でまとめられ、ヒュームの懐疑論と呼ばれます。
第2章 ヒュームの懐疑論 ― 因果律は習慣にすぎない
1. 因果律への疑い
私たちは「原因があれば結果が必ず起きる」と信じています。
- 火に手を入れる → 熱い
- リンゴを落とす → 地面に落ちる
しかしヒュームは、私たちが本当に見ているのは「火に触れたら熱かった」「リンゴを離したら落ちた」という繰り返しの出来事にすぎないと指摘しました。
つまり「原因と結果が必然的につながっている瞬間」を私たちは直接見ることができないのです。
2. 習慣としての因果
ヒュームの結論はシンプルです。
- 「Aの後にBが繰り返し起きた」という経験の積み重ねが、
- 人間の心に「Aがあれば必ずBが起きる」という習慣的な期待を作り出している。
☞ 因果関係は自然界の必然的法則ではなく、人間の心の習慣にすぎないのです。
3. サイコロの例
サイコロを振れば「1から6のどれかが出る」と私たちは信じています。
しかしヒュームによれば、これは「過去にサイコロを振って1〜6しか出なかった」という経験に基づいた心の習慣にすぎません。
論理的に「次も必ずそうなる」と証明することはできず、理屈上は「7が出る」可能性も完全には排除できないのです。
4. リンゴの落下の例
ニュートン物理学では「リンゴは重力によって必ず下に落ちる」と説明します。
しかしヒュームは「重力が働く瞬間」を私たちは直接見ていない、と考えました。
見ているのは「リンゴを放したら下に落ちた」という繰り返しの観察だけ。つまり「重力があるから必ず落ちる」という因果律は、人間が経験の蓄積からそう信じているだけなのです。
5. 科学との関係
この主張は科学の根拠すら揺るがします。
- 科学は「自然は必然的な法則に従う」という前提に立っています。
- しかしヒュームは、その「必然性」を証明できないと論じました。
☞ 科学者にとっては「言葉遊び」に見えましたが、哲学的には「科学や常識を支える基盤の不安定さ」を暴く重大な批判でした。
まとめ
- ヒュームは「因果律=自然の必然」とは認めず、「因果律=人間の心の習慣」とした。
- これにより、経験論は懐疑論へ行き着き、哲学の根本を揺さぶった。
第3章 科学革命とヒューム懐疑論の衝突
1. 科学革命の成果 ― 「自然は法則に従う」という自信
17〜18世紀のヨーロッパでは、ガリレオ、ケプラー、ニュートンらの活躍によって科学革命が進展しました。
特にニュートンの万有引力の法則は、「宇宙の運行もリンゴの落下も同じ法則で説明できる」という壮大な統一理論を示し、人々に「自然は必然的法則に従う」という強い確信を与えました。
科学は経験をもとに普遍的な法則を導き出す営みであり、成功の積み重ねが合理主義・経験論の双方を後押ししていました。

2. ヒュームの挑戦 ― 「因果律に必然はない」
しかしその時代にヒュームはあえてこう言いました。
「火が熱をもたらす」「リンゴが落ちる」といった因果は、習慣的な期待にすぎず、未来も必ずそうなると保証する根拠はない。
つまり、科学が当然の前提とした「因果律の必然性」に哲学的な疑いを突きつけたのです。
3. 科学者の受け止め方
科学者や常識的な人々からすると、これは「屁理屈」あるいは「言葉遊び」に思えました。
- 実際にニュートン力学は天体の運行や地上現象を見事に説明している。
- その「成功」という現実があるのに、「因果律に必然はない」と言われても、科学的実務には影響がないように見えたからです。
4. 哲学者の受け止め方
しかし哲学にとっては重大問題でした。
- 科学の根拠を支える因果律が、実は「習慣」でしかないとしたら、科学の理論的基盤はどう説明するのか?
- この問いを放置すると、科学も常識も「ただ信じているにすぎない」と片付けられてしまう。
☞ そこで登場したのがカントです。
5. カントへの橋渡し
カントはヒュームの批判を受けて、「なぜ科学的法則は必然的に成り立つように見えるのか」を解明しようとしました。
そして『純粋理性批判』で「因果律は自然界に書き込まれているのではなく、人間の認識の枠組みである」と説明し、科学の必然性を理論的に保証しました。

まとめ
- 科学革命は「自然は法則に従う」という圧倒的な成果を示した。
- しかしヒュームは「因果律の必然性は習慣にすぎない」と懐疑を突きつけた。
- 科学者にとっては「言葉遊び」に見えたが、哲学者にとっては基盤を揺るがす重大問題だった。
- この問題提起がカントを生み、近代哲学を新たな段階に進めた。
第4章 カントによる克服とその意義
1. ヒュームの衝撃
ヒュームは「因果律は自然界の必然法則ではなく、人間の心の習慣にすぎない」と主張しました。
これは科学や常識の基盤を根本から揺さぶる批判であり、哲学者カントにとっては大きな目覚めとなりました。
カントは後に「ヒュームによって独断のまどろみから目覚めさせられた」と語っています。
2. カントの問い
カントが直面したのは次の問題でした。
- もし因果律が単なる習慣なら、科学の必然性をどう説明するのか?
- それでも科学が確かに成功しているのはなぜか?
3. カントの答え ― 「認識の枠組み」
カントは『純粋理性批判』で画期的な解答を示しました。
- 因果律は自然界に客観的に刻まれているわけではない。
- 人間が経験を認識する際にあらかじめ持っている“認識の枠組み”なのだ。
つまり私たちは、感覚データをそのまま受け取るのではなく、「時間」「空間」「因果関係」といった先天的な形式に当てはめて理解しているのです。
4. コペルニクス的転回
カントはこの考え方を「コペルニクス的転回」と呼びました。
天動説から地動説への転換になぞらえ、
- これまで「人間の認識は対象に従う」と考えられていたが、
- 実は「対象が人間の認識の枠組みに従って現れる」と捉え直したのです。
☞ この発想により、科学の必然性を「心の構造によって保証されるもの」として説明しました。
5. 歴史的意義
- ヒュームの懐疑論は、因果律を揺るがすことで科学や常識に哲学的危機をもたらした。
- カントはその批判を受け止め、合理論と経験論を批判的に総合し、科学を理論的に基礎づけた。
- この転換によって近代哲学は新たな段階に進み、ドイツ観念論(フィヒテ・シェリング・ヘーゲル)への道を開いた。
まとめ
- ヒューム:因果律=心の習慣
- カント:因果律=認識の枠組み
- この対立と克服は、近代哲学最大の転換点の一つであった。
入試で狙われるポイント
- ヒュームは「因果関係の必然性」を否定し、因果律=人間の心の習慣とした。
- この立場は「経験論の極限」として重要であり、合理論と経験論の対比問題で頻出。
- 「ヒュームの懐疑論 → カントの批判哲学へ」という流れを押さえること。
- 「太陽は明日も昇るだろうか?」の問いが典型例。
- ヒュームの懐疑論の内容を説明し、その思想がカント哲学にどのような影響を与えたか述べよ。(400字程度)
-
18世紀イギリスの哲学者ヒュームは経験論を徹底し、因果関係について「必然的なつながりは観察できない」と主張した。私たちが見るのは「Aの後にBが繰り返し生じる」という経験にすぎず、そこから「Aがあれば必ずBが起こる」という期待が心に形成される。このため因果律は自然界の必然的法則ではなく、人間の心の習慣にすぎないとされた。これは経験論を懐疑論へと導くものであった。この徹底的な懐疑は科学や常識の基盤をも揺るがし、哲学に大きな衝撃を与えた。カントはこの批判を受けて「因果律は自然界に書き込まれているのではなく、人間の認識の枠組みである」と考え、『純粋理性批判』において合理論と経験論を批判的に総合した。こうしてヒュームの懐疑論はカント哲学を生み出す契機となり、近代哲学の大きな転換点となった。
第1章: ヒュームの懐疑論 一問一答&正誤問題15問 問題演習
一問一答(10問)
問1
ヒュームが属する哲学の流れは何か。
解答:イギリス経験論
問2
ヒュームの主著のひとつで、人間認識を扱った書物は何か。
解答:『人間本性論』
問3
ヒュームは因果関係をどのように説明したか。
解答:繰り返しの経験による心の習慣にすぎない
問4
「因果律=心の習慣」という立場を何と呼ぶか。
解答:ヒュームの懐疑論
問5
ヒュームの懐疑論が衝撃を与えた哲学者は誰か。
解答:カント
問6
カントがヒュームに触発されて著した主著は何か。
解答:『純粋理性批判』
問7
カントが示した「人間の認識の枠組みに対象が従う」とする転回を何と呼ぶか。
解答:コペルニクス的転回
問8
ヒュームが批判した「因果律の必然性」は、当時どの学問の前提だったか。
解答:近代科学(ニュートン力学など)
問9
「太陽は明日も昇るだろうか?」という問いは誰の懐疑を象徴するか。
解答:ヒューム
問10
ヒュームの懐疑論によって近代哲学はどの方向に進んだか。
解答:カント哲学・ドイツ観念論へ
正誤問題(5問)
問1
ヒュームは因果律を「自然界に存在する普遍的法則」とした。
解答:誤(人間の心の習慣とした)
問2
ヒュームは「因果律の必然性は論理的に保証できない」と主張した。
解答:正
問3
ヒュームの懐疑論は、当時の科学者からは「言葉遊び」に見られることもあった。
解答:正
問4
カントは「因果律は自然界に客観的に存在する法則」と考えた。
解答:誤(人間の認識の枠組みとした)
問5
カントは「ヒュームによって独断のまどろみから目覚めさせられた」と述べた。
解答:正
コメント