オランダ東インド会社(VOC)は、1602年に設立された世界初の株式会社であり、近世ヨーロッパの「商業資本主義」の象徴的存在です。
株式会社制度を導入することで大規模な資金調達に成功し、アジア貿易で圧倒的な覇権を築きました。
香辛料を中心とする東南アジア貿易を独占し、バタヴィア(現ジャカルタ)を拠点にインド洋交易網を形成したVOCは、アムステルダムの金融市場とも連動し「オランダの黄金時代」を支えました。
本記事では、VOCの設立から活動、そして衰退までを整理し、大学受験に必要な視点を提供します。

第1章 オランダ東インド会社の設立と仕組み
まずは、VOCがどのような背景で設立され、どのような仕組みを持っていたのかを理解しましょう。
株式会社制度の採用や国家との結びつきなど、近代的な経済組織の先駆けとしての性格が重要です。
1. オランダ独立戦争と海外進出
16世紀末、スペイン=ハプスブルク家との独立戦争(八十年戦争)の最中に、オランダは経済的基盤を求めて海外貿易に進出しました。
ポルトガルの力が衰えたこともあり、オランダ商人たちはアジア貿易に活路を見出します。
2. VOCの設立(1602年)
1602年、各地の貿易会社を統合し「オランダ東インド会社(Vereenigde Oostindische Compagnie, VOC)」が設立されました。
ここで導入されたのが 世界初の株式会社制度 です。
投資家が株を購入し、配当を受け取る仕組みは近代的な資本主義の嚆矢とされています。
3. 国家からの特権
VOCは単なる商業会社ではなく、オランダ連邦議会から特権を与えられていました。
例えば、貿易独占権、条約締結権、要塞建設権、戦争遂行権などです。
これにより、会社でありながら「準国家的」な機能を持つことになりました。
4. バタヴィアの建設
VOCは東南アジア貿易の拠点として、1619年にジャワ島に バタヴィア(現ジャカルタ) を建設しました。
ここを中心に香辛料貿易を独占し、インド洋から日本まで広範な貿易網を形成しました。
入試で狙われるポイント
- 設立は 1602年
- 世界初の株式会社制度 を導入(株式発行・配当制度)
- 国家からの特権(貿易独占権・戦争権など)
- 東南アジアの拠点は バタヴィア(1619)
第1章: オランダ東インド会社の設立と仕組み 一問一答&正誤問題15問 問題演習
- オランダ東インド会社(VOC)の設立背景と仕組みについて、株式会社制度と国家からの特権を中心に200字程度で説明せよ。
-
16世紀末、オランダは独立戦争の戦費調達や海外進出のため、1602年にVOCを設立した。世界初の株式会社制度を採用し、多数の投資家から資金を集めた点が画期的であった。また、オランダ議会から貿易独占権や戦争遂行権を与えられ、準国家的な機能を持った。さらに1619年にはジャワ島にバタヴィアを建設し、香辛料貿易の拠点とした。
第1章:オランダ東インド会社(VOC)とは? 一問一答&正誤問題15問 問題演習
一問一答(10問)
問1
オランダ東インド会社が設立されたのは西暦何年か。
解答:1602年
問2
オランダ東インド会社をアルファベット略称で何と呼ぶか。
解答:VOC
問3
VOCを設立した背景となった戦争は何か。
解答:オランダ独立戦争(八十年戦争)
問4
VOCが導入した近代的な出資制度を何というか。
解答:株式会社制度
問5
投資家が受け取る利益の分配を何というか。
解答:配当
問6
VOCがオランダ議会から認められた権限の一つを挙げよ。
解答:貿易独占権/条約締結権/要塞建設権/戦争権 など
問7
VOCが1619年にジャワ島に建設した拠点都市はどこか。
解答:バタヴィア(現ジャカルタ)
問8
VOCが主に独占した貿易商品は何か。
解答:香辛料
問9
VOCと並び、同時代に活動したイギリスの会社は何か。
解答:イギリス東インド会社
問10
オランダ東インド会社の活動と密接に関わったオランダの都市はどこか。
解答:アムステルダム
正誤問題(5問)
問11
VOCはスペイン王フェリペ2世の勅許によって設立された。
解答:誤(→オランダ議会の統合により設立)
問12
VOCは世界で初めて株式会社制度を導入した。
解答:正
問13
VOCは国家から軍事や条約締結の権限を与えられていた。
解答:正
問14
バタヴィアは1629年に建設された。
解答:誤(→1619年に建設)
問15
VOCが中心となった交易は香辛料貿易である。
解答:正
第2章 VOCの黄金時代とアジア貿易支配
17世紀は「オランダの黄金時代」と呼ばれる時期であり、その中心にあったのがオランダ東インド会社(VOC)でした。
アジア貿易の広範なネットワークを支配し、香辛料・絹・茶・綿織物などを扱いながら、ヨーロッパ市場に莫大な富をもたらしました。
この章では、VOCの活動範囲と具体的な拠点、そして国際経済への影響を整理します。
1. バタヴィアを中心とした貿易網
VOCは1619年に建設したバタヴィアを拠点に、東南アジア一帯を結ぶ貿易網を形成しました。
モルッカ諸島では香辛料(丁子・ナツメグ・メース)を独占し、ジャワ・スマトラでは米や胡椒を取引しました。
さらに中国との交易で絹や陶磁器を輸入し、日本(平戸・長崎)との貿易にも参入しました。
2. 日本との関係
VOCはポルトガルを駆逐した後、1641年に長崎・出島での貿易独占を許可されました。
以後、幕末まで続く「オランダ商館」は、唯一のヨーロッパとの窓口となり、日本への情報伝達(オランダ風説書)を通じて「蘭学」の発展にも寄与しました。
3. アムステルダム金融市場との結びつき
VOCの株式はアムステルダム証券取引所で売買され、世界初の「株式市場」を生み出しました。
これにより、VOCは莫大な資金を動員でき、貿易・軍事・植民地経営を拡大。
オランダは17世紀における国際金融・貿易の中心地としての地位を確立しました。
4. オランダの「黄金時代」
VOCの活動は、アムステルダムを世界商業の中心に押し上げ、オランダ絵画の繁栄や科学の発展をも支えました。
いわゆる「オランダの黄金時代」の基盤は、VOCを中心とする海外貿易にあったのです。
入試で狙われるポイント
- バタヴィア(1619年建設)=拠点都市
- モルッカ諸島=香辛料貿易独占
- 出島(1641年以降)=日本との唯一の貿易窓口
- アムステルダム証券取引所=世界初の株式市場
- オランダの黄金時代の象徴=VOCの活動
第2章: VOCの黄金時代とアジア貿易支配 一問一答&正誤問題15問 問題演習
- オランダ東インド会社(VOC)の黄金時代におけるアジア貿易の特徴を、拠点都市と取引品目、国際金融との関わりを含めて200字以内で説明せよ。
-
VOCは1619年に建設したバタヴィアを拠点に、モルッカ諸島で香辛料を独占し、ジャワ・スマトラで胡椒を扱い、中国から絹や陶磁器を輸入した。また1641年以降、長崎・出島を通じて日本と貿易し、オランダが唯一の西欧窓口となった。さらに株式がアムステルダム証券取引所で取引され、世界初の株式市場を形成。こうしてVOCは貿易と金融の両面からオランダの黄金時代を支えた。
第2章:オランダ東インド会社(VOC)とは? 一問一答&正誤問題15問 問題演習
一問一答(10問)
問1
VOCのアジアにおける拠点都市として1619年に建設されたのはどこか。
解答:バタヴィア(現ジャカルタ)
問2
VOCが香辛料を独占した地域はどこか。
解答:モルッカ諸島
問3
モルッカ諸島で主に取引された香辛料を一つ挙げよ。
解答:丁子/ナツメグ/メース
問4
VOCが1641年以降、日本と貿易を行った場所はどこか。
解答:長崎・出島
問5
出島に設けられたオランダ商館から江戸幕府に提出された報告書を何というか。
解答:オランダ風説書
問6
オランダ東インド会社の株式が取引された都市はどこか。
解答:アムステルダム
問7
アムステルダムに設立された世界初の証券取引所を何というか。
解答:アムステルダム証券取引所
問8
VOCの活動が基盤となった17世紀オランダの繁栄期を何と呼ぶか。
解答:オランダの黄金時代
問9
VOCが中国との交易で輸入した商品を一つ挙げよ。
解答:絹/陶磁器
問10
オランダ東インド会社と並んで日本と関わった国の東インド会社はどこか。
解答:イギリス東インド会社
正誤問題(5問)
問11
VOCは1619年にスマトラ島のバタヴィアを建設した。
解答:誤(→ジャワ島に建設)
問12
VOCはモルッカ諸島で香辛料貿易を独占した。
解答:正
問13
出島での貿易独占は1651年以降に始まった。
解答:誤(→1641年以降)
問14
アムステルダム証券取引所は世界初の株式市場である。
解答:正
問15
VOCの活動はオランダの黄金時代を支える重要な要素であった。
解答:正
第3章 VOCの衰退と18世紀以降の影響
17世紀に世界貿易を支配したオランダ東インド会社(VOC)ですが、18世紀以降は徐々に衰退に向かいます。
イギリスやフランスといった新興勢力の台頭、経営の非効率化、現地での抵抗運動などが重なり、VOCは次第に国際競争力を失いました。
最終的には18世紀末のナポレオン戦争の混乱の中で解散し、オランダ本国政府による植民地支配へと移行します。
この章では、その衰退の要因と歴史的意義を整理します。
1. イギリス東インド会社の台頭
18世紀には、インドで勢力を拡大したイギリス東インド会社が世界貿易の主導権を握るようになりました。
プラッシーの戦い(1757年)やディーワーニー権の獲得(1765年)は、オランダにとって大きな脅威となり、VOCの地位を相対的に低下させました。
2. 経営の非効率化と腐敗
VOCは巨大化する中で経営が複雑化し、役員の腐敗や現地商館の不正が頻発しました。
莫大なコストに見合う利益を上げられず、財政赤字が慢性化していきました。
3. 現地の抵抗と統治の限界
東南アジアでは、香辛料独占政策に対する現地住民の反発が続きました。
さらに18世紀以降はアジア諸国も力をつけ、VOCが一方的に支配する構造は崩れていきました。
4. 解散と遺産
1799年、VOCは正式に解散し、その領土と権限はオランダ政府に引き継がれました。
以後、オランダ領東インド(インドネシア植民地)として統治が続きます。
VOCの活動は終わりましたが、株式会社制度や国際金融システムの先駆けとしての意義は大きく、近代資本主義史の中で重要な位置を占めています。
入試で狙われるポイント
- 18世紀=VOC衰退期(イギリスの台頭・競争力低下)
- 1757年プラッシーの戦い → VOCの影響縮小
- 腐敗・経営難 → 財政赤字
- 1799年VOC解散 → オランダ政府が植民地支配継承
- 意義=株式会社制度と近代資本主義の先駆け
第3章: VOCの衰退と18世紀以降の影響 一問一答&正誤問題15問 問題演習
- オランダ東インド会社(VOC)が18世紀に衰退した理由と、その歴史的意義について200字程度で説明せよ。
-
18世紀、イギリス東インド会社がインド支配を進めたことで、VOCの貿易上の優位は低下した。さらに巨大化した組織の非効率化や腐敗、現地住民の反発が重なり、会社は財政難に陥った。最終的に1799年に解散し、オランダ政府が植民地支配を継承した。VOCは衰退したが、世界初の株式会社として近代資本主義の発展に大きな意義を残した。
第3章:オランダ東インド会社(VOC)とは? 一問一答&正誤問題15問 問題演習
一問一答(10問)
問1
18世紀にVOCの競争相手として台頭した会社は何か。
解答:イギリス東インド会社
問2
イギリス東インド会社がベンガル支配を始める契機となった戦いは何か。
解答:プラッシーの戦い(1757年)
問3
VOCの経営悪化の原因の一つは、商館や役員の何であったか。
解答:腐敗・不正
問4
VOCが解散したのは西暦何年か。
解答:1799年
問5
VOCの領土や権限を継承したのは誰か。
解答:オランダ政府
問6
VOCの活動はオランダのどの時代を支えたか。
解答:オランダの黄金時代
問7
VOCが独占していた主要な貿易品は何か。
解答:香辛料
問8
VOCの株式が売買された取引所はどこか。
解答:アムステルダム証券取引所
問9
VOCが経済史的に持つ最大の意義は何か。
解答:世界初の株式会社であること
問10
VOCの衰退期にヨーロッパで勃発した大規模な戦争は何か。
解答:ナポレオン戦争
正誤問題(5問)
問11
18世紀、VOCはますます繁栄し、イギリスを圧倒し続けた。
解答:誤(→イギリスの台頭で衰退)
問12
VOCの経営難には役員の腐敗や不正が関与していた。
解答:正
問13
1799年の解散後、VOCの領土はフランスが継承した。
解答:誤(→オランダ政府が継承)
問14
VOCは世界初の株式会社として近代資本主義史において重要な意義を持つ。
解答:正
問15
VOCの解散はナポレオン戦争期と重なる。
解答:正
第4章 まとめ:オランダ東インド会社(VOC)の歴史と意義
オランダ東インド会社(VOC)は、世界初の株式会社として近代資本主義の出発点を示した存在でした。
1602年の設立から17世紀の黄金時代、そして18世紀の衰退と1799年の解散まで、その歩みは「商業資本主義から帝国主義へ」という大きな流れの一部を象徴しています。
ここでは、重要な出来事を年表とフローチャートで整理し、受験対策に役立つ形で総括します。
☞ イギリス東インド会社とは?|貿易独占からインド統治への転換まで
オランダ東インド会社と並ぶもう一つの巨大貿易会社。プラッシーの戦いやセポイの反乱など、インド支配に直結した歩みを整理しています。
VOCの重要年表
年代 | 出来事 |
---|---|
1602年 | オランダ東インド会社(VOC)設立、世界初の株式会社 |
1619年 | バタヴィア建設(ジャワ島)=アジア貿易の拠点 |
1641年 | 日本・長崎の出島に移転、貿易独占開始 |
17世紀 | モルッカ諸島で香辛料貿易独占、アジア広域に貿易網形成 |
17世紀 | アムステルダム証券取引所で株式売買 → 世界初の株式市場 |
18世紀 | イギリス東インド会社の台頭、VOCの地位低下 |
1757年 | プラッシーの戦い → イギリスのインド優位が決定的に |
1799年 | VOC解散、領土・権限はオランダ政府に移管 |
VOCの流れ(フローチャート)
1602 VOC設立(世界初の株式会社)
↓
1619 バタヴィア建設 → 東南アジア貿易の拠点
↓
1641 出島で貿易独占 → 日本との唯一の窓口
↓
17世紀 黄金時代:香辛料貿易独占・株式市場の発展
↓
18世紀 イギリスの台頭 → VOCの競争力低下
↓
1757 プラッシーの戦い → インドでイギリス優位
↓
1799 VOC解散 → オランダ政府が植民地統治を継承
まとめ
- VOCは1602年設立の世界初の株式会社 → 株式制度・金融市場の礎を築いた
- バタヴィアや出島を拠点にアジア貿易を独占 → オランダの黄金時代を支えた
- 18世紀以降はイギリスの台頭と内部腐敗で衰退
- 1799年に解散 → 植民地統治はオランダ政府が引き継ぐ
- 意義=近代資本主義の先駆け、世界史的に極めて重要
コメント