ウマイヤ朝(661〜750年)は、ダマスクスを都としてイスラーム世界を支配した最初の王朝で、領土の拡大によってイスラーム帝国をユーラシア西部全域に広げた大帝国となりました。
主要なカリフたちの治世を通じて、西はイベリア半島、東はインダス川流域まで支配が及び、史上最大級の版図が形成されました。
目次
ムアーウィヤ(661〜680)
ウマイヤ朝の初代カリフ。ムアーウィヤは正統カリフ時代の混乱を収拾し、支配体制を安定させることで版図拡大の基盤を築きました。
彼の時代には北アフリカ征服が進み、東ローマ(ビザンツ)に対しても軍事行動が行われました。
アブド=アルマリク(685〜705)
アブド=アルマリクはウマイヤ朝の体制を確立し、中央集権化と統治制度の整備を進めたカリフです。
彼の時代には北アフリカの勢力がさらに固められ、後の版図拡大につながる軍事・統治基盤が整えられました。
ワリード1世(705〜715)
ウマイヤ朝の最盛期を築いたのがワリード1世です。「大征服時代」の中心人物として知られ、東西両方向への大規模な拡大を達成しました。
西方
- 711年、イベリア半島(現在のスペイン・ポルトガル)へ進出し、西ゴート王国を征服して支配下に置きました。これがのちのイスラーム支配地域 アンダルス(al-Andalus) の始まりです。
東方
- ワリード1世の時代、中央アジア(トランスオクシアナ)やソグディアナなど内陸部にも進出しました。特にブハラ、サマルカンドといった都市も征服され、東方への拡大が進みます。
- また、インダス川流域(シンドなど現在のパキスタン地域)の征服も進み、イスラームの支配がインド亜大陸西部まで達しました。
この時期の拡大は、地中海から中東、中央アジア、南アジアに至るユーラシア広域の支配を意味し、帝国の最大版図とされています(大西は大征服)。
後継期の変化(ウマル2世・スライマンなど)
ワリード1世の後にも拡大圧力は続きましたが、ウマル2世(717〜720)は軍事拡大よりも国家制度の改革に力を入れ、版図拡大の勢いはやや弱まります。
その後も一部地域での戦闘や遠征は続きましたが、大規模な新領土獲得は限定的でした。
版図拡大の歴史的意義
ウマイヤ朝の拡大は、地中海世界、北アフリカ、ヨーロッパ西部、中央アジア、インダス川流域までイスラームの影響が及んだことで、宗教・言語・文化がユーラシア大陸規模で交流し融合する下地がつくられました。
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