世界史の大学入試で頻出する「プランテーション農業」は、大航海時代以降の世界経済の変化を理解するうえで欠かせないテーマです。
「どの地域で」「どんな作物を」「誰の労働力で」生産し、「どこへ輸出したか」を問う問題は、センター試験(共通テスト)から難関私大まで幅広く出題されます。
特に、プランテーション農業は「大航海時代」「大西洋三角貿易」「産業革命」という三つの重要テーマと直結しています。
この記事では、プランテーション農業の定義から始まり、その成立背景、世界経済への影響までを整理します。まずは基本的な概念を正しく理解することから始めましょう。
第1章 プランテーション農業とは何か
プランテーション農業は、16世紀以降、ヨーロッパ諸国による海外進出と植民地経営の中で誕生した新しい農業形態です。
ただ単に「熱帯地方の大規模農園」と覚えるだけでは不十分で、「どのような目的で」「どの国が」「どの地域で」展開したのかを押さえることが重要です。
ここでは、まずプランテーション農業の定義と特徴を整理し、世界史の中でどのような役割を果たしたのかを理解していきましょう。
プランテーション農業の定義
プランテーション農業とは、ヨーロッパ諸国が植民地で大規模な農園を開き、単一作物を大量生産して本国へ輸出する農業形態を指します。
ポイントは、「現地消費ではなく輸出志向型」であることです。
- 目的:本国の市場や需要を満たすための輸出用作物を生産
- 作物:砂糖・コーヒー・タバコ・綿花・インディゴ(藍)など
- 地域:カリブ海、ブラジル、北米南部、インド洋周辺
- 労働力:アフリカから連れてこられた黒人奴隷が中心
この仕組みは、大航海時代以降にヨーロッパ諸国が築いた世界経済システムの中核を担っていました。
プランテーション農業の3つの特徴
プランテーション農業の特徴を理解するには、次の3点を押さえておくと便利です。
- 大規模農園での単一作物栽培
- 広大な土地で一種類の作物だけを集中的に栽培
- 「サトウキビならサトウキビだけ」「綿花なら綿花だけ」という形態が基本
- 輸出志向型の経済構造
- 生産された作物は現地ではほとんど消費されず、ヨーロッパ市場へ輸出
- 植民地は「原料供給地」として位置づけられ、本国の利益のために利用された
- 強制労働による生産体制
- 現地先住民だけでは労働力が不足したため、アフリカから大量の黒人奴隷を輸入
- 奴隷貿易と直結した農業形態であることが、世界史的に重要なポイント
入試で問われる「プランテーションの本質」
大学受験では、「プランテーション=大規模農園」という単純な定義では得点できません。よく出題されるのは以下のような切り口です:
- 「どの作物をどの地域で生産したか」
→ 例:カリブ海諸島ではサトウキビ、北米ヴァージニアではタバコ、アメリカ南部では綿花 - 「労働力はどこから供給されたか」
→ アフリカからの奴隷供給と三角貿易との関係を押さえる - 「宗主国はどこか」
→ 同じサトウキビでも、ジャマイカはイギリス領、サン=ドマングはフランス領と細かい地域の違いが狙われやすい
サン=ドマング(Saint-Domingue)は、現在のハイチ共和国にあたる地域です。
カリブ海にあるイスパニョーラ島(Hispaniola)の西部を指し、17世紀から18世紀にかけてフランス領として支配されていました。
例えば、
ここまでで、プランテーション農業の定義と特徴を押さえました。
次章では、この仕組みが大航海時代とコロンブス交換の流れの中でどのように誕生したかを解説します。
第2章 大航海時代とプランテーション農業の始まり
プランテーション農業は、ヨーロッパ諸国がアジアやアメリカ大陸に進出した大航海時代の中で誕生しました。
特に、15世紀末のコロンブスのアメリカ大陸到達(1492年)を契機とするコロンブス交換によって、旧大陸と新大陸の間で作物・家畜・病原菌が大規模に移動し、新たな農業生産システムが形成されます。
ここでは、プランテーション農業がどのように始まり、どの国がどの地域で展開したのかを詳しく見ていきましょう。
▼ 大航海時代を詳しく解説しています
コロンブス交換とプランテーションの誕生
プランテーション農業が始まった背景には、コロンブス交換(Columbian Exchange)があります。
これは、コロンブスの航海以降、旧大陸(ヨーロッパ・アフリカ・アジア)と新大陸(アメリカ)との間で植物・動物・人・病原体が大規模に移動した現象です。
- 旧大陸 → 新大陸:サトウキビ、コーヒー、家畜(ウシ・ウマ)、病原菌
- 新大陸 → 旧大陸:トウモロコシ、ジャガイモ、カカオ、タバコ
特に、サトウキビやコーヒーなどの商品作物がアメリカ大陸に持ち込まれたことで、カリブ海やブラジルで大規模なプランテーション農業が始まりました。
この移植がなければ、カリブ海で砂糖を大量生産する体制は生まれなかったといえます。
コロンブス交換に関する詳しい記事はこちらをご確認ください。
ポルトガル・スペインによる先行展開
大航海時代の初期、プランテーション農業を先導したのはポルトガルとスペインでした。
- ポルトガル
- アフリカ西岸のサン=トメ島、プリンシペ島でサトウキビのプランテーションを開始
- その後、ブラジル(1500年以降)にサトウキビを移植し、世界最大の砂糖供給地に
- 労働力としてアフリカから大量の黒人奴隷を輸入
- スペイン
- カリブ海諸島(キューバ・サントドミンゴなど)でプランテーションを展開
- 特にサトウキビとタバコの生産が中心
- アステカやインカ征服後は銀鉱山開発にも注力し、プランテーションとの両輪で植民地経営を強化
この時期、プランテーションは主に砂糖・タバコ中心で、植民地経営の利益を本国に還元する仕組みが整えられました。
オランダ・イギリス・フランスの参入と競争
17世紀に入ると、ポルトガル・スペインの植民地支配は徐々に衰退し、代わってオランダ・イギリス・フランスがプランテーション経営の中心となります。
- オランダ
- オランダ西インド会社(1621年設立)を設立し、ブラジル北東部の一部を支配
- 一時的に砂糖プランテーションで利益を得るが、後にポルトガルに奪還される
- その後はアジアでの香辛料貿易に注力
- イギリス
- バルバドス島、ジャマイカ島を拠点にサトウキビ・タバコを大規模生産
- 北米ヴァージニア植民地(1607年建設)ではタバコ栽培が急成長
- 黒人奴隷の大量輸入により生産量を拡大し、ヨーロッパ市場を制覇
- フランス
- サン=ドマング(現在のハイチ)で世界最大規模のサトウキビプランテーションを展開
- 砂糖貿易で巨額の利益を獲得し、18世紀には「カリブ海の王者」と呼ばれるほど
このように、17世紀以降のプランテーション農業は、宗主国同士の熾烈な植民地争奪戦と直結していました。
ここを押さえておくと、「大航海時代 → プランテーション → 三角貿易」という流れを時系列で理解できます。
プランテーション農業とアフリカ奴隷貿易の結びつき
プランテーション農業の発展は、アフリカからの黒人奴隷供給なしには成り立ちませんでした。
- サトウキビやタバコの生産は過酷な重労働で、先住民は病気や虐待で激減
- 労働力不足を補うため、ヨーロッパ諸国はアフリカ西岸から奴隷を大量輸入
- この動きが後の大西洋三角貿易へとつながります
入試では、「プランテーション=奴隷制経済の中心」という視点をセットで覚えておくと得点しやすくなります。
ここまでで、プランテーション農業が大航海時代の流れの中でどのように始まったのかがわかりました。
次章では、さらに「大西洋三角貿易と奴隷制の確立」について詳しく解説します。
第3章 大西洋三角貿易と奴隷制の確立
プランテーション農業の発展は、大西洋三角貿易と切り離しては語れません。
17世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパ・アフリカ・アメリカを結ぶ三角形の交易ルートが確立し、その中心にプランテーション農業がありました。
入試では、三角貿易の「輸出入品目」「ルート」「宗主国の違い」が頻出ポイントです。
ここでは、プランテーション農業が世界経済システムに組み込まれる過程を整理します。
大西洋三角貿易とは何か
大西洋三角貿易とは、ヨーロッパ → アフリカ → アメリカ → ヨーロッパという三角形を描く交易システムのことです。
この仕組みによって、プランテーション農業で生産された作物がヨーロッパ経済を潤し、同時にアフリカから奴隷が大量に供給される構造が完成しました。
- ヨーロッパ → アフリカ
- 銃器、火薬、綿織物、金属製品を輸出
- 目的:アフリカの首長層との取引で奴隷を獲得
- アフリカ → アメリカ(中南米・北米・カリブ)
- 黒人奴隷をアメリカ植民地へ輸送
- 奴隷はサトウキビ・タバコ・綿花・コーヒーなどのプランテーション労働力として利用
- アメリカ → ヨーロッパ
- プランテーション産品(砂糖・綿花・タバコ・コーヒー)を大量に輸出
- ヨーロッパの市場・製糖業・繊維産業を活性化
このように、プランテーション農業は三角貿易の要として、ヨーロッパ資本主義の発展を支えました。
主要宗主国ごとの三角貿易戦略
三角貿易は、イギリス・フランス・オランダの3大国が主導しましたが、それぞれの戦略と植民地は異なります。
- イギリス
- 拠点:ジャマイカ、バルバドス、北米南部
- 商品:砂糖・綿花・タバコ
- リヴァプール・ブリストルを中心にアフリカ奴隷貿易を展開
- 18世紀末には世界最大の奴隷貿易国へ
- フランス
- 拠点:サン=ドマング(現ハイチ)、マルティニーク、グアドループ
- 商品:砂糖・コーヒー・インディゴ
- ボルドー・ナントが三角貿易の中心港となる
- オランダ
- 拠点:スリナム、キュラソー島
- 商品:砂糖・コーヒー
- オランダ西インド会社を通じて、奴隷供給とプランテーション運営を効率化
大学受験では、「どの宗主国がどの地域を支配し、どの作物を生産したか」を正確に対応させる問題がよく出ます。
奴隷制の確立とアフリカへの影響
プランテーション農業が発展するにつれ、アフリカからの奴隷供給は急増し、奴隷制が世界経済の中心となりました。
- 労働需要の高まり
- サトウキビやタバコは過酷な労働を要し、先住民は病気や虐待で減少
- アフリカから強制的に奴隷を輸送する体制が確立
- アフリカ社会への影響
- 16〜18世紀の間に、アフリカから約1,200万人もの奴隷が新大陸へ送られたと推定
- アフリカ西岸の人口減少、社会崩壊、部族間対立の激化を招く
- 黒人奴隷の「モノ化」
- 奴隷は単なる「労働力商品」として扱われ、売買の対象となった
- ヨーロッパ資本主義の利益のために、アフリカ社会は大きな犠牲を強いられた
三角貿易がヨーロッパ経済に与えた影響
三角貿易によって、ヨーロッパは世界経済の中心的地位を確立します。
- プランテーション産品の輸入で消費文化が発展
- 砂糖・コーヒー・チョコレートがヨーロッパ市民層に普及
- 奴隷貿易と植民地産業で莫大な資本を蓄積
- イギリス産業革命の資金源になった
- 海上覇権を巡る争いを激化
- イギリス・フランス間のカリブ海砂糖戦争
- 七年戦争(1756〜1763年)では植民地支配が勝敗を左右
入試頻出ポイントまとめ
- 「プランテーション農業」「三角貿易」「奴隷制経済」の三点セットで覚える
- 作物・地域・宗主国・交易ルートを表にまとめて暗記する
- よく問われる例題: 問:18世紀、カリブ海でサトウキビを生産し、ヨーロッパへ砂糖を輸出したプランテーション農業を支配した国はどこか。
答:フランス(サン=ドマング)、またはイギリス(ジャマイカ)
ここまでで、プランテーション農業が大西洋三角貿易の中心的存在であったことが理解できました。
次の第4章では、「プランテーションで栽培された主要作物と地域・宗主国の関係」をさらに詳しく整理します。
第4章 プランテーション農業で栽培された主要作物と地域・宗主国の関係
プランテーション農業を攻略するうえで最重要なのは、「どの地域で、どの作物を、どの宗主国が栽培したか」を正確に覚えることです。
ここでは、主要作物ごとにプランテーションの展開を整理し、地域と宗主国の対応関係をわかりやすくまとめます。
入試問題では、「アメリカ南部では綿花、カリブ海では砂糖」というような大まかな把握では不十分で、「ジャマイカはイギリス領で砂糖、サン=ドマングはフランス領で砂糖」といった細かい対応を問われます。
砂糖 ― プランテーション農業の象徴
砂糖は、プランテーション農業を象徴する最重要作物です。
16世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパで砂糖の需要が急増したことで、カリブ海諸島やブラジルを中心にサトウキビ栽培が大規模に展開されました。
- ブラジル(ポルトガル領)
- 16世紀以降、世界最大のサトウキビ供給地へ
- 奴隷労働を大量導入し、生産体制を拡大
- カリブ海諸島
- ジャマイカ(イギリス領):イギリス砂糖貿易の中心
- サン=ドマング(フランス領):18世紀後半には世界砂糖生産の半分を占める
- バルバドス(イギリス領)、マルティニーク(フランス領)なども重要拠点
砂糖産業の利益は莫大で、これがイギリスやフランスの経済発展を支える資本源となりました。
h3:タバコ ― 北米ヴァージニア植民地の発展
タバコは、17世紀の北米植民地経済を支えた代表的なプランテーション作物です。
- ヴァージニア植民地(イギリス領)
- 1607年にジェームズタウンを建設
- タバコ栽培が急成長し、イギリス市場向け輸出産業へ発展
- 初期は白人年季奉公人(Indentured Servants)が労働を担ったが、17世紀後半からは黒人奴隷へ移行
タバコ貿易はイギリス植民地経済の基盤を築き、のちのアメリカ独立戦争期にも重要な収入源となりました。
綿花 ― 産業革命を支えた重要資源
綿花は、18世紀後半から19世紀にかけて急速に重要性を高めた作物です。
- アメリカ南部(イギリス領 → アメリカ合衆国)
- 18世紀後半から綿花プランテーションが拡大
- 奴隷労働による大量生産が可能になり、マンチェスターなどイギリスの紡績産業を支える原料供給地に
- 綿花貿易はイギリス産業革命の発展を直接支える構造となり、プランテーション農業が工業化と密接に結びついた例といえます。
コーヒー・インディゴ ― サン=ドマングのもう一つの顔
フランス領サン=ドマング(現ハイチ)は砂糖だけでなく、コーヒーやインディゴ(藍染料)でも世界市場を支配しました。
- コーヒー
- 18世紀にサン=ドマングが世界最大のコーヒー供給地に
- フランス国内の消費文化を発展させ、パリのカフェ文化を支えた
- インディゴ(藍)
- 青色染料として高価で取引され、フランス経済を潤す重要輸出品に
主要作物・地域・宗主国の対応表(入試頻出)
作物 | 主な生産地 | 宗主国 | 特徴・入試ポイント |
---|---|---|---|
砂糖 | ブラジル | ポルトガル | 世界最大の砂糖供給地 |
ジャマイカ・バルバドス | イギリス | イギリス砂糖貿易の中心 | |
サン=ドマング | フランス | 18世紀砂糖生産世界一位 | |
タバコ | ヴァージニア植民地 | イギリス | 北米初期植民地経済の基盤 |
綿花 | アメリカ南部 | イギリス→米国 | 産業革命の原料供給地 |
コーヒー | サン=ドマング | フランス | 世界最大のコーヒー供給地 |
インディゴ | サン=ドマング | フランス | 高価な染料として輸出 |
※この対応表は入試頻出なので丸暗記推奨です。
入試問題例
こうした問題は、「作物×地域×宗主国」の三点セットを意識することで確実に得点できます。
ここまでで、プランテーション農業における主要作物とその地域的展開を整理できました。
次の第5章では、「イギリス・フランス・オランダによる植民地競争とプランテーション支配」について詳しく解説します。
第5章 イギリス・フランス・オランダによる植民地競争とプランテーション支配
17世紀から18世紀にかけて、プランテーション農業をめぐるイギリス・フランス・オランダの植民地競争が激化しました。
この時期の争いは単なる領土拡大ではなく、「砂糖・コーヒー・綿花といった高付加価値のプランテーション産品をどの国が独占するか」が勝敗を左右しました。
入試では、「どの国がどの地域を支配し、どんな作物を生産したか」だけでなく、「どの戦争でどの植民地を獲得したか」まで問われることがあります。
ここでは、主要国の戦略と対立を整理し、プランテーション農業と植民地支配の関係を深掘りします。
オランダ ― 初期の覇者からアジアへシフト
17世紀前半、プランテーション競争で最初に優位に立ったのはオランダです。
- オランダ西インド会社(1621年設立)
- ブラジル北東部を一時支配し、砂糖プランテーションを展開
- しかし、1640年代以降ポルトガルの反撃を受け、ブラジルを失う
- カリブ海拠点
- スリナム(南米北東部)やキュラソー島を確保
- 奴隷供給やプランテーション貿易を維持
- アジアへシフト
- 17世紀後半以降、香辛料貿易での優位を確立するため、カリブより東インド方面に注力
→ 入試ポイント:オランダは三角貿易の主導権を失う一方、東インド会社を通じてアジア貿易に軸足を移したことを覚えておくと差がつきます。
フランス ― サン=ドマングで砂糖帝国を築く
17世紀後半から18世紀にかけて、フランスはカリブ海の砂糖貿易で圧倒的な強さを誇りました。
- サン=ドマング(現ハイチ)
- 世界最大の砂糖生産地に成長
- コーヒー・インディゴの生産も拡大し、フランス経済の柱に
- 他の主要拠点
- グアドループ島、マルティニーク島で砂糖・コーヒーを栽培
- フランスの港町ナント、ボルドーが貿易拠点として繁栄
- アフリカ奴隷貿易
- 三角貿易を積極的に推進し、黒人奴隷をカリブ諸島へ大量に輸送
→ 入試ポイント:「サン=ドマング=砂糖とコーヒー=フランス」という三点セットは必ず覚えておきたい頻出事項です。
イギリス ― カリブ海と北米南部を制した最終勝者
18世紀になると、イギリスがプランテーション経済の最終的勝者となります。
- カリブ海地域
- バルバドス島、ジャマイカ島を確保
- 砂糖プランテーションで巨額の利益を上げる
- 北米南部植民地
- ヴァージニア・サウスカロライナ・ジョージアで綿花・タバコを栽培
- 黒人奴隷労働に依存した農業システムを確立
- 大西洋三角貿易の支配
- リヴァプール・ブリストル港を拠点に、ヨーロッパ最大の奴隷貿易国家へ
- 七年戦争(1756〜1763年)後の覇権確立
- フランスからカナダとカリブの一部を奪取
- 「世界の工場」への道を歩み始める
→ 入試ポイント:「七年戦争 → イギリスがフランスを破り、プランテーション貿易で覇権確立」という因果関係を意識することが重要です。
植民地戦争とプランテーションの争奪戦
プランテーション農業は、宗主国同士の戦争の主要な目的となりました。
代表的な争いは以下の通りです。
戦争名 | 年代 | 対立国 | 主な目的 | 結果・影響 |
---|---|---|---|---|
英蘭戦争 | 17世紀中期 | イギリス vs オランダ | 海上貿易・植民地支配 | イギリス優勢、オランダの覇権低下 |
七年戦争 | 1756-63年 | イギリス vs フランス | カリブ・インドの植民地 | イギリスが北米・カリブで優位 |
アメリカ独立戦争 | 1775-83年 | イギリス vs 北米植民地 | 植民地の自由 | フランスがアメリカを支援、イギリスの財政悪化 |
プランテーション経済は、単なる農業問題ではなく、世界覇権を左右する戦略的資源争奪戦の中心だったといえます。
入試頻出のポイント整理
- オランダ → フランス → イギリスの覇権交代を時系列で整理
- 「作物・地域・宗主国」をセットで暗記
- 戦争と植民地の奪取をリンクさせて覚える
まとめ
プランテーション農業は、単なる大規模農業ではなく、
- 三角貿易の中核
- 宗主国同士の覇権争いの焦点
- 産業革命への資本源
として、近代世界システムを形作る要となりました。
次の第6章では、
プランテーション農業の世界経済への影響と、奴隷制廃止・自由貿易時代への移行について解説します。
この章では、産業革命とのつながりを強調し、「18世紀から19世紀への移行」を理解することがカギです。
第6章 プランテーション農業の影響とその終焉
プランテーション農業は16世紀から18世紀にかけて世界経済の中心的役割を果たしましたが、19世紀に入ると大きな転換期を迎えます。
大西洋三角貿易の拡大によって莫大な富を生んだ一方で、アフリカ社会を崩壊させ、奴隷制という人道的問題を生み出しました。
さらに、18世紀後半以降の産業革命や奴隷制廃止運動によって、プランテーション農業はそのあり方を大きく変えていきます。
入試では、「プランテーション農業 → 奴隷制 → 奴隷制廃止 → 自由貿易」という時代の流れをつかむことが重要です。
ヨーロッパ資本主義への影響
プランテーション農業は、ヨーロッパ資本主義の発展を強力に後押ししました。
- 巨額の富の蓄積
- 砂糖・コーヒー・タバコ・綿花など高付加価値作物の輸出で莫大な利益を獲得
- イギリスのリヴァプールやフランスのナントなどの港町は三角貿易の中継地として繁栄
- 産業革命の資本源
- プランテーション産業で蓄えた資本が、工場建設や機械投資に回される
- 特に綿花は、イギリスの紡績業を発展させる原動力となった
- 消費文化の形成
- 砂糖、コーヒー、チョコレートなどがヨーロッパ庶民に普及し、新たな生活様式を生んだ
→ 入試ポイント:「プランテーション農業=資本主義と産業革命の基盤」という視点を持つと、論述問題で差がつきます。
アフリカ社会への深刻な影響
プランテーション農業の発展は、アフリカ社会に壊滅的な打撃を与えました。
- 人口減少
- 16〜18世紀の大西洋奴隷貿易で、推定1,200万人以上が新大陸へ強制移送
- 西アフリカ沿岸地域は人口流出により社会が不安定化
- 部族間対立の激化
- ヨーロッパ諸国が武器を供給し、アフリカ内部で奴隷狩りが横行
- 奴隷を奪い合う部族間抗争が頻発し、地域社会は混乱
- 経済構造の依存化
- 奴隷供給が主要産業となり、アフリカ経済がヨーロッパ依存に陥る
→ 入試頻出:「プランテーション農業がアフリカ社会を破壊した」という因果関係を押さえることが重要です。
奴隷制廃止運動の広がり
18世紀後半から19世紀にかけて、奴隷制をめぐる倫理的批判が高まり、各国で奴隷貿易・奴隷制の廃止が進みます。
- 思想面の変化
- 啓蒙思想の影響で、「自由・平等」の価値観が広まる
- 宗教的立場からも奴隷制を批判する動きが台頭
- 各国の奴隷貿易廃止
- イギリス:1807年、奴隷貿易を禁止
- アメリカ:1808年、奴隷輸入を禁止
- フランス:1794年に一時廃止 → ナポレオン時代に復活 → 1848年再廃止
- 奴隷制そのものの廃止
- イギリス:1833年「奴隷制度廃止法」
- フランス:1848年
- アメリカ:南北戦争後の1865年(憲法修正第13条)
→ 入試ポイント:「奴隷貿易廃止(1807年)」と「奴隷制廃止(1833年)」は別物なので注意!
h3:自由貿易時代への移行
19世紀になると、奴隷労働から賃金労働へと移行し、プランテーション農業のあり方も大きく変化します。
- 奴隷労働の終焉と賃金労働の導入
- 奴隷制廃止後、インド・中国などから契約労働者(クーリー)を導入
- 「新しい労働搾取構造」が形成される
- 自由貿易体制の拡大
- 19世紀半ば、イギリスを中心に自由貿易政策が進展
- プランテーション産品は依然として需要が高く、世界市場向け生産は継続
- 新たなプランテーション地帯の登場
- アジア(インドネシア、インド、ベトナム)やアフリカ東岸でゴム・紅茶・コーヒーのプランテーションが発展
入試頻出まとめ
- 16〜18世紀:大西洋三角貿易の中核として発展
- 18世紀後半:産業革命と結びつき、綿花需要が急増
- 19世紀前半:奴隷貿易廃止 → 奴隷制廃止
- 19世紀後半:自由貿易体制と新植民地主義下でアジア・アフリカにも拡大
まとめ
プランテーション農業は、
- 大航海時代の植民地支配
- 大西洋三角貿易と資本主義の発展
- 奴隷制と自由貿易時代への転換
という3つの観点から近代世界史の中核をなしています。
世界史の入試では、「作物・地域・宗主国」の対応だけでなく、
経済システム・奴隷制廃止・自由貿易体制への移行まで押さえることで高得点につながります。
まとめ:プランテーション農業は世界経済の中核だった
プランテーション農業は、大航海時代以降の世界史を貫く重要テーマです。
単なる「熱帯地方の大規模農園」ではなく、ヨーロッパ資本主義の発展・大西洋三角貿易・奴隷制・産業革命・自由貿易体制という流れをつなぐ「世界経済の中核」だったことを理解することが大切です。
① プランテーション農業の基本構造
- 定義:ヨーロッパ諸国が植民地で大規模な単一作物栽培を行い、本国向けに輸出する農業形態
- 主要作物:砂糖・タバコ・綿花・コーヒー・インディゴ
- 特徴
- 大規模単一作物栽培
- 輸出志向型経済(現地消費よりヨーロッパ向け)
- 奴隷労働に依存
② 大航海時代とプランテーションの誕生
- コロンブス交換で砂糖・コーヒーが新大陸へ移植
- ポルトガル:ブラジルを世界最大の砂糖供給地に
- スペイン:カリブ海諸島で砂糖・タバコを栽培
- オランダ・イギリス・フランスも参入し、17世紀以降は熾烈な植民地競争へ
③ 大西洋三角貿易と奴隷制
- 三角貿易の仕組み
- ヨーロッパ → アフリカ:銃器・綿製品
- アフリカ → アメリカ:黒人奴隷
- アメリカ → ヨーロッパ:砂糖・綿花・タバコ
- プランテーション農業の中核性
- 奴隷労働が不可欠
- サトウキビ・タバコ・綿花がヨーロッパの消費文化と産業を支えた
- アフリカ社会の崩壊
- 人口流出、部族対立の激化、経済依存の深刻化
④ 植民地競争と覇権交代
- 17世紀:オランダが優勢 → 東インドにシフトし衰退
- 18世紀:フランスがサン=ドマングで砂糖帝国を築く
- 18世紀後半以降:イギリスが最終勝者
- 七年戦争後、カリブ海・北米で覇権を確立
- 三角貿易の中心港リヴァプールは世界的商業都市に成長
⑤ 奴隷制廃止と自由貿易時代への移行
- 思想的背景:啓蒙思想・人権思想の高まり
- 奴隷貿易廃止
- イギリス(1807年)、アメリカ(1808年)、フランス(1794年→1848年)
- 奴隷制廃止
- イギリス(1833年)、アメリカ(1865年)
- 19世紀後半:アジア・アフリカに新たなプランテーション拡大
- ゴム(マレー半島・スマトラ)、紅茶(インド・スリランカ)、コーヒー(インドネシア)
⑥ 入試対策:覚えておきたい三大ポイント
- 作物 × 地域 × 宗主国を正確に対応させる
- サン=ドマング=砂糖・コーヒー=フランス
- ジャマイカ=砂糖=イギリス
- ブラジル=砂糖=ポルトガル
- ヴァージニア=タバコ=イギリス
- アメリカ南部=綿花=イギリス向け
- 三角貿易のルートと商品を押さえる
- 奴隷貿易廃止と奴隷制廃止の違いを区別する
この記事のまとめ
プランテーション農業は、
- 大航海時代 → 三角貿易 → 産業革命 → 自由貿易体制
という近代世界史の大きな流れをつなぐ「要」です。
大学入試では、作物・地域・宗主国の対応だけでなく、経済構造の変化・奴隷制廃止・自由貿易への移行までを押さえることで、高得点を狙えます。
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